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琉球王国のグスク及び関連遺産群

●ちょっと寄り道~那覇市について~

琉球王国 那覇
"那覇市"は、"沖縄本島"の南部に位置しており、"沖縄"の政治、経済、交通の中心地である。 "沖縄"の最大の都市"那覇"の中でも最も賑やかな場所は、国際通りである。 約1.6キロ続くこの通りには、デパート、トゥクサンプムジョム、映画館、レストラン、カフェなどが連なり、一日中人々の足が絶えません。国際通りの中央から南に入ったところにあるのは、那覇市民の台所というべき牧志公設市場です。いつも熱気と活気に満ちています。

那覇市は、元の琉球王朝時代の都首里の外港として栄えた都市で、中国や東南アジアとの交流が活発でした。 琉球王朝時代の遺跡には「首里城」、琉球王の墓などがあります。琉球王の墓は、天然の岩を掘って作った"沖縄の独特の墓で、その巨大さに圧倒されることでしょう。2000円札のデザインにも採用される首里城も、もちろん見どころの一つです。
 

●鳥の目で見る琉球王国のグスク及び関連遺産群


琉球王国 鳥登録地域は、登録資産(核心地域)54.9ヘクタールと、その周辺の緩衝地帯を加えた614.6ヘクタール。

グスクとは、 古琉球(ぐすく)時代の遺跡のこで、一般的には城(しろ)と訳されています。しかし、グスクの領域は全てが城ではなく、御嶽(うたき=聖地、拝所)の領域として拝所があり、多くの参拝者が訪れていたようです。またグスクの城壁は、豊かさの象徴でしょうか、本土に見られるような方形ではなく、地形にそった美しい曲線を描いています。琉球王国は東南アジアの中継貿易で発達していましたが、1609年に鹿児島藩主島津氏によって征服されました。 それゆえ遺跡群は中国や韓国との交流が多かった場所に多く残っています。

●地理と気候から感じる琉球王国

地理

琉球王国 地理琉球王国のグスク及び関連遺産群は、2000年ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録された、グスクなどの琉球王国の史跡群を総称した名称である。沖縄本島の主に南部に点在する。 なお、グスクの登録の名称は下記のとおり「じょうあと」で、「ぐすくあと」、「じょうせき」とはしていない。 何世紀もの間、琉球諸島は、東南アジア、中国、韓国、日本の経済的文化的交流の中心地としての役割を果たしてきており、残っている遺跡の場所はこれをよく示しています。 

●観光名所・レジャーで楽しむ琉球王国

観光について

琉球王国のグスク及び関連遺産群について

琉球王国 観光
琉球が統一国家へ始動し始めた14世紀後半から、王国が確立した18世紀末にかけて生み出された、琉球独自の特徴を表す文化遺産群。東南アジア、中国、朝鮮半島、日本と経済的政治的交流をもっていたことを示す建造物群であること、琉球王国の遺跡と文化的伝統を今に伝える遺産であること、自然崇拝、祖先崇拝という沖縄伝統の信仰形態を今日に伝えていることが評価されています。この独特な文化は琉球の統一国家が動き始めた14世紀終わりから王国がしっかりと成り立った頃の18世紀末に誕生しています。 グスクとは、 古琉球(ぐすく)時代の遺跡のことで、一般的には城を指すものとされている。しかし、グスクの領域は全てが城ではなく、御嶽(うたき=聖地、拝所の意)の領域として拝所とする説や、生活の場そのものであるとする説など、調査研究の結果は必ずしも統一しきれていない。また、王国の政治・外交・文化の中心的役割を果たした首里城も、グスクの一つとされています。
関係遺産群は沖縄本島のおもに南部を中心としたエリアに点在する、琉球王国の史跡群の総称。今帰仁城跡、座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽の9件からなっています。500年の琉球時代の歴史の中で広がった経済性、文化性を感じさせられる遺跡の数々は、長い時間をかけて花を咲かせた日本人の特殊な文化を伝えてくれています。

登録資産は、次の9資産

今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
座喜味城跡(ざきみじょうあと)
勝連城跡(かつれんじょうあと)
中城城跡(なかぐすくじょうあと)
首里城跡(しゅりじょうあと)
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
玉陵(たまうどぅん)
識名園(しきなえん)
斎場御嶽(せーふぁうたき)

グスクについての研究


琉球王国 グスク同じグスクでも、調査の結果を見ると統一されていないものだということが分かります。聖域であったり集落であったり、城館だったとする説があるのです。調べれば調べるほど謎が増えるものでもあります。城塞のように、壊れにくくガッチリした造りのグスクは、発掘の際に住居の跡が出てきました。誰の持ち物でどんな人物が住んでいたのかは分からないままです。強い豪族の活動の足場として使われていたグスクは、その規模を徐々に拡大してその機能を充実させていったと考えられています。世界遺産に登録されている各グスクは、城主が指揮をふるって城塞化し、琉球の歴史に名を残しました。こうしたグスクも歴史の流れの中でその役割に幕を閉じます。こうした中でも最後までその名を残したのは首里城でした。長く息づいた首里城は、琉球王朝の豊かに栄え発展する様と、崩壊の歴史が集約されていると言ってもいいでしょう。グスクの声を聞くことができたなら、現在でも謎めいている数々の疑問が解き明かされるのにと思います。そんなグスクの神秘性も頭に入れて観光すればより一層おもしろくなりますよ!


知っていればさらに楽しめる首里城

明治12年の沖縄県設置までは琉球王国という一つの国だった沖縄。首里はその都として栄えたエリアで、那覇を見下ろす高台に位置しています。王国最大の建造物である首里城正殿や有名な守礼門の極彩色の装飾は、往時の繁栄ぶりを今に伝えています。周辺には、国王が城を出て各地をめぐる際に安全祈願をした拝所・園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)や、琉球王家の別荘を復元した識名園など、世界遺産登録された見どころも多いです。

 

御開門

有料区域への入り口でもある奉神門で毎朝会館5分前に「御開門の儀式」を行う。当時の役人衣装をまとったスタッフがドラを叩き、御開門を意味する「うけーじょー」の沖縄言葉で来園者を迎える。天候不良中止の場合があります。

ライトアップ

首里城の新たな魅力を感じさせる催し。毎日(メンテナンス日を除く)、日没から24時間まで輪郭および周辺施設が漆黒の闇に浮かび上がる。夜空に生える朱の首里城が昼とは異なる幻想的な雰囲気を醸し出す。

識名園へ行こう!


琉球王国 識名園1799年に琉球王家の別邸として築庭された、日本・中国・沖縄の庭園技術の要素が融合した美しい庭園を見事に復元しました。池の周りを散策しながら季節の花々を愛でられる。琉球装束をまとった宮廷結婚式も行われています。

 


中村家住宅

フクギと石垣に囲まれた赤瓦屋根の農家の屋敷。日本建築と沖縄の住居建築の特色を併せ持った建築で、母屋のほかに蔵や家畜小屋など昔のままのたたずまいが保存されている。かつての沖縄を今に伝えるこの住居で昔の暮らしを体感しよう。

独立国名城でみる桜

沖縄随一の威容を誇るグスク「今帰仁城跡」で、本丸跡から見渡す東シナ海が絶景が広がる。その青の風景を毎月1月頃、鮮やかに彩るのが、カンヒザクラ(寒緋桜)です。沖縄本島では、本部町八重岳の桜祭りが有名だが、日本人の親しみある花『桜』を王グスク(城跡)と共に観賞するのは非常に感慨深いです。


●ユネスコ世界遺産に認められた理由

世界遺産として登録

琉球王国 世界遺産琉球王国のグスク及び関連遺産群が世界遺産に登録されたのは、以下のようなことが認められたからです。
1:登録されている資産を形作る数々の記念工作物や遺産は、中国やアジア諸国との文化や経済、政治の交流のプロセスで成り立った、琉球独自に作り出されたもので、日本では類を見ない特異性を持つ事例群であること。
2:グスク跡は、農村基盤の豪族が築いた考古学的にも非常に大切な事例群であること。現在でも崇められる存在であるということ。
3:土木や建築、造園に対して高度が技術を持っていたことが分かり、とくに「玉稜」には優れた技術が認められます。
4:数多くあるグスクの中では、信仰の対象になっているものも多く、ノロと呼ぶ女神を中心に、現在でも祭祀が行われているということ。
この4点からです。


登録遺産一覧 

今帰仁城跡(なきじんじょうあと)
座喜味城跡(ざきみじょうあと)
勝連城跡(かつれんじょうあと)
中城城跡(なかぐすくじょうあと)
首里城跡(しゅりじょうあと)
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)
玉陵(たまうどぅん)
識名園(しきなえん)
斎場御嶽(せーふぁうたき)

登録基準 

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされています。

・ ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
・ 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
・顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えています)。

●歴史から振り返る琉球王国

琉球王国は、1429年の成立から琉球処分で沖縄県になるまでの450年にわたって中国、日本、朝鮮、東南アジア諸国との平和外交と交易で栄え、平和で豊かな国を築いてきました。
しかし、1609年、薩摩藩によって征服されて以降は、明治12年には琉球処分で沖縄県とされ、戦時中は日本の捨石として地上戦の戦場にされ、戦後はアメリカ軍基地がひしめく基地の島にされるという辛酸をなめさせられています。沖縄が、再び、平和で豊かな島になることを願ってやみません。

グスクとは

グスクは「城」という字をあてて表現されます。世界遺産での登録名も「今帰仁城跡」や「座喜味城跡」などのように使われています。「城」という字を使ってはいますが、同じ世界遺産の姫路城などのような、私たちが想像する「城」とは全く違うものです。沖縄独自の歴史が、かいま見れるのが「グスク」だということです。

グスク時代

琉球 グスク沖縄でグスク時代といえば、貝塚時代が終り、12世紀が過ぎると農耕社会が始まります。この時代がグスク時代と呼ばれるものです。琉球各地の豪族はお互いが覇者としての権力を得ようと争っていました。こうしたことが繰り返されるうちに、沖縄本土を軸として、大きな豪族の勢力が作られていくようになりました。そして各地の豪族達は、自分たちの勢力の維持と、たたかいに備えて城塞を築きました。これがグスクのはじまりなのです。

 

琉球王国

琉球王国 守礼門琉球といえば沖縄のことですが、1429年の琉球王国の成立から、沖縄県となって琉球処分が行われるまでの450年に渡り、日本をはじめ、中国や東南アジア諸国との外交と交易によって繁栄し、平和で満ち足りた王国を築いてきました。1609年に琉球王国は薩摩藩の支配下に置かれ、明治12年に沖縄県となり、琉球処分がなされました。それからの沖縄県は、歴史に残るたたかいの場にもされ、つらい思いもしてきました。現在では憧れの観光地でもありますが、こうした琉球王国から沖縄県になった歴史の中で、悲しい出来事があったことを忘れてはいけないのです。日本でありながら、南国のような島ですが、観光を楽しみながらもその歴史を振り返ってみてください。

●ガイドと行く琉球王国

個人ガイドを雇ってみましょう!下のプランをもとに個人ガイドさんにツアーをくんでもらうとより沖縄について理解が深まります。丁寧なガイディングが個人ガイドさんの魅力です。

※具体的なガイドさんの紹介はいましばらくお待ちください。

観光プラン:
琉球王朝の歴史をめぐる勝連城跡・中城城跡・斎場御嶽

世界遺産登録されたものでは最も南に位置し、琉球王朝の国家的祭祀の場であった斎場御嶽(せーふぁうたき)から、県内のグスクの中でも最も保存状態が良い中城城跡を見学、さらに太平洋に突き出した勝連半島高台にあり、海を望む断崖に築かれていた勝連城跡をめぐるコースはいかがでしょうか?特に中城城跡は、弧を描く琉球石灰岩の城壁が青い空と海に映えて非常に美しく、江戸時代にここに立ち寄ったペリー一行も緻密な石組みの技術に驚いたとされています。

観光プラン:
琉球開闢の始祖・アマミキヨが国始めに造った、今帰仁城跡・座喜味城跡2つの名城を訪ねる 。

琉球王国 座喜味琉球王朝成立以前、北山・中山・南山の三勢力が争っていた「三山時代」の名残をたどるコースはいかが!?世界遺産登録物件では最も北に位置する今帰仁城跡は、当時北山を納めていた王の居城だった城です。総面積は約5万平方kmと、沖縄の城では首里城に次ぐ規模を誇っています。座喜味城跡は、北山が滅んだのちも根強く残っていた旧勢力を見張るために築かれた城。沖縄最古のアーチ形石造門や、サンゴ石灰岩の切り石積みの城壁は見応え十分です。ぜひとも観光してみてください。

 

●アクセス・交通手段

アクセス

航空

東京羽田空港から那覇空港まで約2時間45分
関西国際空港から那覇空港まで約2時間10分
大阪伊丹空港から那覇空港まで約2時間15分
那覇空港から那覇バスターミナルまでバスで約20分

移動方法例
羽田空港→(飛行機2時間20分)→那覇空港→那覇バスターミナル→路線バスで各城址、遺跡へ
(今帰仁城跡、 座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡 、首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽)

鉄道

那覇空港より、沖縄都市モノレール線(ゆいレール)、路線バス等で各所へ

 

 

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